前橋地方裁判所高崎支部 昭和58年(ワ)193号 判決 1988年3月08日
原告
松本先
右訴訟代理人弁護士
角田義一
同
秋山幹男
被告
日本国有鉄道清算事業団
右代表者理事長
杉浦喬也
右訴訟代理人弁護士
平井二郎
同
水上益雄
右指定代理人
山本昭生
同
中田武一
同
藤田実
同
中野順夫
同
平山利晴
同
西沢忠芳
同
佐々木雅夫
同
茂木孝明
同
鈴木寛
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告・請求の趣旨
1 原告が被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 被告は、原告に対し、昭和五八年五月一日以降毎月二〇日限り月金二二万〇七〇〇円の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 第2項につき仮執行宣言
二 被告・請求の趣旨に対する答弁
1 本案前の答弁
(一) 原告の請求の趣旨第1項の訴えを却下する。
(二) 右訴えに対する訴訟費用は原告の負担とする。
2 本案の答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 被告(日本国有鉄道改革法一五条、同法附則二項、日本国有鉄道清算事業団法九条一項及び同法附則二条により、昭和六二年四月一日をもって、名称が「日本国有鉄道」から日本国有鉄道清算事業団」へと変更された。以下、便宜被告を「国鉄」と表示することがある。)は、日本国有鉄道法(以下「日鉄法」という。)に基づいて設立された公共企業体である。
原告は、昭和三八年九月一二日、被告に雇用され、被告の職員たる地位を取得した。
2 被告は、昭和五八年四月二五日以降、原告が被告の職員たる地位を失ったものとして取り扱っている。
3 原告は、昭和五八年四月当時、被告の関東地方自動車局長野原自動車営業所運転係の職にあって、月額二二万〇七〇〇円の賃金の支給を受けていた。
4 よって、原告は被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認と、昭和五八年五月一日以降毎月二〇日限り月金二二万〇七〇〇円の割合による賃金を支払うことを求める。
二 被告の本案前答弁の理由
1 原告は、その主張のとおり被告の職員であったところ、昭和五八年四月二四日実施された嬬恋村議会議員の選挙に立候補し、同月二五日嬬恋村選挙管理委員会から当選人決定の告知を受けた。
2 ところで、日鉄法二六条二項、二〇条一号は、被告の職員は、国鉄総裁(以下「総裁」という)の承認を得たものでない限り、市(特別区を含む。以下同じ)町村議会の議員を兼ねて職員であることはできない旨規定しているところ、原告は右当選の告知を受けた際総裁の承認を得ていなかったから、法律上村議会議員を兼ねて被告職員であることができなくなった。
3 すなわち、公職選挙法(昭和五七年法律第八一号による改正後のもの。以下「公選法」という。)一〇三条一項は、「当選人で、法律の定めるところにより当該選挙にかかる議員又は長と兼ねることができない職に在る者が、一〇一条二項(当選人決定の告知)又は一〇一条の二第二項(名簿届出政党等に係る当選人の数及び当選人の決定の告知)の規定により当選の告知を受けたときは、その告知を受けた日にその職を辞したものとみなす。」と規定しているから、原告は、右規定により、右当選の告知を受けた日に被告の職員を辞したものとみなされることとなる。
4 右のとおり原告の辞職は、法律の規定によって当然に生ずるものであり、法律上これを覆す手段はおよそ存在しないのであるから、原告が右効果を否定し、被告の職員たる地位をなお有することの確認を求める本訴請求は、裁判上実現不可能な事項を求めるものであって不適法であるから、これを却下すべきである。
三 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。但し、原告は、昭和三八年九月一二日被告に雇用されたが、これは臨時雇用員としてであって、原告が被告の職員たる地位を有するに至ったのは同三九年一一月一日である。
2 同2の事実は認める。
3 同3の事実は認める。
四 抗弁
本案前の答弁の理由1ないし3記載と同旨
五 抗弁に対する認否
原告が、昭和五八年四月二四日実施された嬬恋村議会議員の選挙に立候補し、同月二五日、嬬恋村選挙管理委員会から当選人決定の告知を受けたこと、日鉄法二六条二項、二〇条一号及び公選法一〇三条一項に被告主張の規定が置かれていることは認めるが、その余の主張は争う。
六 原告の主張
1 公選法一〇三条一項と日鉄法二六条二項の解釈
公選法一〇三条一項は、兼職を禁止される議員等の範囲が法律上明確であって、兼職が無条件に禁止されている場合を前提とするものである。これに対して国鉄職員を対象とする特別法である日鉄法二六条二項但書に該当する場合においては、当選の告知を受けた後であっても総裁の兼職の承認がなされれば職を失わないことが明らかであるから「当選の告知を受けたときは、その告知を受けた日にその職を辞したものとみなす」との公選法一〇三条一項の規定を適用することはおよそ不可能である。
また仮に、日鉄法二六条二項但書の場合に公選法一〇三条一項が適用されるとしても、この場合における公選法一〇三条一項による失職の効果は、当選の告知を受けた被告職員からの兼職承認願の申出に対する総裁の適法な不承認があって初めて生ずる(総裁の適法な不承認を停止条件として発生する)と解すべきである。
被告は、公選法一〇三条一項及び日鉄法二六条二項の解釈について、当選告知の日において総裁の承認のない限り法律上当然に失職の効果が生ずると主張するが、被告の右見解(以下「自動失職説」という。)は、以下に述べるとおり、日鉄法二六条二項の改正趣旨、労働基準法(以下「労基法」という。)七条の趣旨に反し、被告の従来の解釈・運用にも反すばかりでなく、さらには民間企業労働者や他の公共企業体労働者の議員兼職に関する規定や取扱いとの比較においても著しく不合理な差別をもたらす結果となる。即ち、
(一) 日鉄法二六条二項の改正趣旨
日鉄法は、昭和二九年一二月の改正前は、少なくとも国鉄職員と町村議会議員との兼職については無条件に認めていたのであるが、右改正により市議会議員についても兼職禁止を緩和する措置をとるのと引換えに、兼職の可否を総裁の承認にかからしめるという現行法二六条二項但書が付加されるにいたったのであって、右改正法案の審議経過等を見ても、総裁の承認という条件を付した理由は、国鉄業務の性質上、当該職員の地位ないし職務内容によっては議員兼職が業務に支障をきたす場合もありうるとの懸念に尽きるのであって、業務上支障のない場合には総裁は兼職を承認すべきであることが当然の前提とされていたことは明白である。
(二) 労基法七条の趣旨
労基法七条は、「使用者は、労働者が労働時間中に選挙権その他公民としての権利を行使し、又は公の職務を執行するために必要な時間を請求した場合においては、拒んではならない。但し、権利の行使又は公の職務の執行に妨げがない限り、請求された時刻を変更することができる。」と定めている。同条は、主権在民主義、民主主義を宣言し、できる限り広くかつ平等に国民の参政権を保障しようとする憲法の基本理念を体して設けられたものであって、労基法の諸規定の中でも労働憲章的な意義を有するといわれている。しかして、国又は地方公共団体の議会の議員の職に就くことが、労基法七条にいう「公の職務の執行」に含まれることはいうまでもなく、また、労働者が公職に就いたことを理由に使用者から雇用関係を解消することは、実質において公職の執行を拒否するに等しいから原則として許されず、例外的に当該公職の執行が使用者の業務の執行に著しい支障を来たす場合に限り、同条に違反せず、使用者から雇用関係を解消することができると解する余地があるにとどまる。国鉄その他の公共企業体とその職員の関係は、私的労働契約関係とされ労基法の適用のあることはいうまでもなく、日鉄法二六条二項は労基法七条と調和的に解釈されなくてはならない。
公共企業体の少なくとも一般の職員については、公務員のような政治的行為に対する厳格な制限はなく、従って一般的に議員との兼職を禁止すべき根拠も格別存在せず、国鉄職員としての職と市町村議会議員とは通常両立しうるものであり、改正日鉄法二六条二項も両職を兼職できるのが原則であることを前提にし、業務上支障が生ずる場合に限って例外的に兼職を不承認としうる、そうできなければ不承認にはできないとしているものである。この様に解すれば、日鉄法二六条二項と労基法七条との間に格別の矛盾は生じない。
(三) 日鉄法二六条二項但書の文理解釈
日鉄法二六条二項但書が「市町村の議会の議員である者」との表現を用い、「議員となる者」とはしていないことから、右但書自体当選の告知による議員の地位を取得した後、つまり「議員である者」となってから、次いで総裁の承認を受けるという手順を踏むことを予定していると解される。そもそも当選の告知があるまでは議員としての地位を取得するかどうか法律的には全く浮動状態にあるから、論理的にも、また実態上も時系列的には承認は当選の告知の後とならざるをえない。
自動失職説をとれば、当選の告知により日鉄法二六条二項但書にいう「議員である者」となると同時に、公選法一〇三条一項の「みなし辞職」の効果が発生してしまうので、日鉄法二六条二項但書による総裁の承認の余地は全くないことになり、極度に不合理である。
(四) 公選法一〇三条と日鉄法二六条二項の関係
(1) 日鉄法二六条二項但書該当の場合においては、公選法一〇三条一項は適用されない。
(イ) 公選法一〇三条一項の文理解釈
公選法一〇三条一項は、「当選人で、法律の定めるところにより当該選挙にかかる議員又は長と兼ねることができない職にある者が(略)当選の告知を受けたときは、その告知を受けた日にその職を辞したものとみなす。」と定めているもので、兼職が絶対的に禁止されている場合について当選告知とともに失職することを規定していることは、その文言自体から明白である。これに対し、前記六1(三)のとおり日鉄法二六条二項但書は、既に議員の地位を取得した国鉄職員が、その後に総裁の承認を得ることを当然の前提としている。従って、国鉄職員が市町村議会議員に当選し、その告知を受けた場合においては、兼職は未だ禁止されておらず、その後に兼職の承認願を提出したうえで、総裁がこれを不承認とした場合に初めて兼職が禁止されるのであり、「当選告知を受けたときは、その告知を受けた日にその職を辞したものとみなす。」とする公選法一〇三条一項の規定を適用することは、およそ不可能である。
(ロ) 日鉄法二六条二項但書といわゆる兼職禁止規定との相異
いわゆる議員の兼職禁止は、議員たる地位や職務に専念することが他の職に就くことと矛盾する場合に、兼職を法律で一律に禁止しているものである。そこで、兼職が禁止される職にある者が議員等に当選した場合にはどちらかの身分を失わせなければならないが、公選法は議員としての身分を優先させることとし、一律に当選の告知の日に他の職を辞したものとみなし、議員の地位が不確定となることを排除した。
一方、日鉄法二六条二項但書は、国鉄職員の身分と市町村議会議員の地位や職務とは矛盾せず両立できることを法が認めているもので、いわゆる議員の兼職禁止規定ではない。同項但書は、国鉄職員としての業務を確保するため業務に著しい支障が生ずる場合に総裁が職員たる身分を失わせることができることを定めたにすぎないものである。即ち、市町村議会議員の地位と国鉄職員の身分とは両立できないとはされていないから、議員の当選の告知がなされた日に法律上どちらかの地位を失わせるという必要は全くないのであり、公選法一〇三条一項の適用対象外であるといわなければならない。
(ハ) 繰上補充当選の場合
国鉄職員が市町村議会議員に当選した場合に公選法一〇三条一項が適用されるというのであるなら、同条二項(繰上補充当選の場合の調整規定)も適用されるということになろう。その場合、繰上当選の該当者は繰上補充当選の告知を受けてから五日以内に総裁の承認を得れば法律による兼職禁止が解除されたこととなり、辞職届出をしなくても当選を失わないとの結論になると思われる。そうだとすれば、ことは当選の効力にかかわる問題である以上、総裁の承認のあったことを明瞭に確認する手段を定めておく必要がある。ところが、公選法一〇三条二項がこの点について何らの規定もおいていないのは、立法者が日鉄法二六条二項但書のケースに対する公選法一〇三条一項、二項の適用をおよそ予定していなかったことを端的に示すものである。
(2) 仮に、日鉄法二六条二項但書に該当する場合においても公選法一〇三条一項が適用されるとしても、日鉄法二六条二項の文理と実態とを併せ考えれば、当選の告知後も総裁の承認を求めている間は当選者は国鉄職員たる身分を失わず、承認しないことが明らかになって、つまり、不承認の意思表示があって初めて、日鉄法二六条二項及び公選法一〇三条一項による失職の効果が生ずると解する以外にはない。
(イ) 議員と職員との地位の併存
公選法一〇三条二項は、当選人の更正決定や繰上補充等の場合に、当選人と定められた者が議員等との兼職禁止の職にあるときは「前項の規定にかかわらず、当該選挙に関する事務を管理する選挙管理委員会(略)にその告知を受けた日から五日以内にその職を辞した旨の届出をしないときは、その当選を失う。」と定め、一定期間は議員等と職員との地位の併存を認めている。公選法自身、公務等の政治的中立性確保等の公序的要請から兼職の禁止されている職についてさえ、議員等の地位との併存は一瞬たりとも許されないとの考え方は採っていないのである。
(ロ) 公選法一〇三条一項の立法趣旨
公選法一〇三条一項は、候補者の中に、自分がどのような職に就いているか、あるいはその中でどれが兼職禁止に該当するか気づかないまま、うっかりして当選を失うようなものがあっては気の毒であるとの配慮に基づく規定であり、同時に、立候補する以上は両立しえない他の職を辞しても当選人となることの方を選択する意思であるのが通常であるとの経験則を前提としているといえる。しかし、国鉄職員のように総裁の承認があることを期待し、あるいは承認すべきであるとの考えに基づいて候補者となった場合には、右の経験則が必ずしも当てはまらないことは明らかである。
(ハ) 以上見たような公選法一〇三条全体の規定と同条一項の立法趣旨に鑑みれば、原告主張のように総裁の承認・不承認が明らかになるまでの間、議員と国鉄職員の身分との併存を認めたとしても何ら同項の法意に反するものではない。
(五) 自動失職説の不合理性
(1) 民間労働者との不合理な差別
民間企業の従業員(国鉄同様鉄道輸送業務を担当する私鉄労働者も含む。)については、労基法七条によりその者が地方議会議員に就任したからと言って、そのことだけを理由としてその者を休職処分とすることは違法であり、いわんや業務支障の有無について慎重な検討をすることもなく解雇することなどは、到底許されないものである。これに対し、公選法一〇三条一項、日鉄法二六条二項但書につき自動失職説を採ったとすれば、国鉄職員は、地方議会議員に当選すると総裁の承認行為がなければそれだけで失職してしまうことになり、民間労働者との間において著しく不合理な差別を生ずる結果となる。
(2) 他公社職員との不合理な差別
日本専売公社職員については、日本専売公社法(民営化に伴い、日本たばこ産業株式会社法二〇条により廃止された。)上、市町村議会議員はもとより、県議会議員との兼職も禁止されておらず、また、日本電信電話公社職員の場合についても、日本電信電話公社法(民営化に伴い、日本電信電話株式会社法附則一一条により廃止された。)上、町村はもとより市議会議員についても法律上の兼職禁止の範囲から除外されている。しかし、このように法律上兼職が禁止されていなくとも右の議員となった公社職員がその議員活動のために使用者への労務の提供が著しく阻害されるようであれば、使用者である公社としては就業規則等に基づき雇用契約上然るべき措置(私企業の場合同様に休職さらに極端なケースについては解雇)をとることは不可能ではなく、自らの制約が働くと考えられる。これに対し、自動失職説を採った場合には、国鉄職員は、日鉄法改正前は就任を妨げなかった町村議会議員との兼職でさえも総裁の胸三寸により失職するという苛酷な制裁にさらされることになる。これを右に述べた他公社職員の地位と比較すれば、その不平等は明らかであり、三公社の事業の性質の差異を考慮したとしても、これは国鉄職員に対する余りに極端で不合理な差別といわざるをえない。
(六) 被告の従来の解釈・運用
被告は、永年の間、国鉄職員であって市町村議会議員の当選人となった者に関する限り、日鉄法二六条二項及び公選法一〇三条一項について、総裁の不承認があって初めて失職するとの解釈・運用を行ってきた。即ち、
(1) 被告の昭和三九年一二月一〇日総秘第三号「公職との兼職基準規程」(以下「兼職基準規程」という。)は、一方で、国鉄職員が市町村議会議員以外の公職の候補者に立候補し、公選法一〇一条二項の規定により当選の告知を受けたときは兼職することができないと定めているが(四条)、他方、市町村議会議員に当選した国鉄職員のうち兼職を希望する者は、直ちに所属長に兼職の承認願を提出し、その承認を受けなければならないとし(五条)、その提出を受けた所属長は、現場長その他これに準ずる一人一職の職にある者又は業務遂行に著しい支障があると認めたときはその承認をしてはならない旨定めている(六条)。
(2) 被告の公定解釈を示したとみられる日本国有鉄道法研究会(国鉄総裁室法務課内)著の「日本国有鉄道法解説」(以下「日鉄法解説」という。)は、「市町村議会の議員については、当選の告知をもって、当然失職とはならず、総裁が兼職の申出を不承認としたためとか、あるいは、その他の理由で本人の退職の申出により退職の発令をしてはじめて失職するものと解される」(九八頁)としている。
(3) 前記のとおり、被告は、日鉄法二六条二項但書該当の場合においては、兼職基準規定五条にもとづき当選告知後に承認願を提出させて承認・不承認を決定していたのであるが、従来は、兼職承認の決定は当選の告知から早くて一週間ないし一か月を要していた。とりわけ、昭和五一年四月七日総裁室秘書課長事務連絡(<証拠略>)が発せられた以後は、承認の可否について右秘書課長との事前合議のうえ決定することとなったため、決定が承認申請から数か月後という例も決して稀ではなくなった。そして、その間、当選した職員を失職扱いとした例は全くない。また、公選法一〇三条二項の運用をみても、国鉄職員であって市町村議会議員に繰上補充により当選した者が、選挙管理委員会から辞職届出あるいは兼職についての承認書等の書面を要求されることなく、従って、これらを提出することもなく議員の資格を取得し、兼職議員として活動してきた実例が存する(<証拠略>はその一例である。)。
2 不承認の違法性
(一) 原告が、昭和五八年四月二四日実施された嬬恋村議会議員の選挙に立候補するに当り、その旨を被告に届出たところ、被告は、被告の関東自動車局長名による同月一八日付文書をもって、あらかじめ原告に対し、議員兼職を承認しない旨の通知を発すると共に原告が右選挙において当選人となり、嬬恋村選挙管理委員会から当選人決定の告知を受けた後に、すみやかに右議員との兼職の承認願を前記局長宛提出したにもかかわらず、被告は、兼職の承認をなさず(以下「本件不承認」という。)、公選法一〇三条一項の規定により原告が、右当選告知日以降国鉄職員たる地位を失ったものとして取扱っている。
(二) 不承認の基準
前記憲法の基本原則、労基法七条の規定及び日鉄法二六条二項の立法趣旨に鑑みれば、総裁は議員兼職の承認、不承認の決定に際しては、当該職員の地位や担当業務の実態、公職執行のために必要な時間等を具体的に検討したうえ、右兼職を承認することが業務の遂行上著しい支障を生ずると認める場合を除いては、これを承認しなければならないのであって、右のような具体的検討を全くすることなく、一律機械的に兼職の承認を拒否し、あるいは業務上の支障が認められないか、若しくはその支障の程度が重大ではなく労働関係の維持を困難ならしめるに至らない場合であるにもかかわらず不承認とすることは、明らかに違法といわなければならない。
さらに、日鉄法二六条二項但書は、いわゆる議員と他の職との兼職禁止の法理に基づくものではなく、国鉄の業務遂行の確保の見地から、国鉄と国鉄職員との労働契約関係について定めたものであり、国鉄職員が市町村議員となった場合に、国鉄の業務遂行に著しい支障があると認めるときには総裁は当該議員について職員たる地位を失わせることができること、即ち、解雇することができることについて定めたものにほかならない。そして、解雇には正当な理由が必要であり、合理的理由のない解雇は無効となるのであるが、被告の兼職基準規定六条が「業務遂行に著しい支障があると認めたとき、その承認をしてはならない」と定めているのは、解雇の基準を定めたものと理解することがでる。
ところで、右兼職基準規定は、労働契約の内容にかかわる性格の規程であるから、実質上、労基法八九条にいう就業規則に該当することになるから(もともと国鉄においては、労働条件にかかわる数多い規程や通達の類を就業規則に相当するものとして取り扱っている。)、右解雇の基準を定めたものは実質的な就業規則の内容、ひいては労働契約の内容となっていることは明らかであり、右基準に反してなされた不承認(解雇)は、原・被告間の労働契約違反という点において、違法、無効となるものである。
(三) 本件不承認の違法性
(1) 一律不承認の違法性
原告に対する本件不承認については、「昭和五七年一一月一日以降、新たに又は改選により、公職の議席を得た者に対しては兼職の承認を行わない」との一般的方針(昭和五七年九月一三日総秘第六六六号「公職との兼職に係る取扱いについて」)に基づき、当該議員としての公務の執行が国鉄職員としての業務遂行上支障をきたすと否とに一切かかわりなくなされたことにおいて違法たるを免れない。
(2) 業務上の支障の不存在
原告は、過去二回嬬恋村議会議員選挙に立候補して当選し、日鉄法二六条二項但書による総裁の承認を受けて、昭和五〇年五月一日より同五四年四月三〇日まで及び同年五月一日より同五八年四月三〇日までの期間右議会議員を兼職してきた。その間、総裁は、業務遂行に著しい支障があるとは認められないとして原告に対し、兼職の承認をしてきた。また、右兼職の承認は一年間の期間を限ってなされると共に、その間公務を理由とする欠勤が頻回にわたるなど業務支障があった場合には、所属長は勤務の改善を求めるものとし、改善の実があがらないときは承認期間を更新しない取扱いとされていたところ、原告はかつて右改善要求を受けたことも全くない。即ち、原告の長野原営業所運転係としての担当業務、勤務実態及び嬬恋村議会議員としての公務に要する日数、時間等からして、過去において国鉄業務に格別の支障を来したことはなく、また、今後ともそのおそれはないのであり、この点においても本件不承認は違法である。
(3) 以上のとおり、本件不承認は、日鉄法二六条二項但書及び兼職基準規定六条に違反し、無効である。
3 原告の国鉄職員たる地位の存在
以上のとおりで、日鉄法二六条二項但書に該当する原告の場合は、公選法一〇三条一項の適用はなく、また、仮に適用があるとしても同項による失職の効果は、総裁の適法な不承認を停止条件として発生するものであるところ、本件不承認(解雇)は違法、無効であるから、原告は国鉄職員としての地位を失っていない。
七 原告の主張に対する認否及び被告の反論
1 原告の主張1(公選法一〇三条一項と日鉄法二六条二項の解釈)について
争う。日鉄法二六条二項但書と公選法一〇三条一項の規定とを併せて解釈すれば、国鉄職員は総裁の承認を得ない限り、市町村議会議員に当選した旨の告知を受けたときは、法律上当然にその告知を受けた日に、その職を辞したものとみなされることとなり、それ以外に解釈の余地はない。
(一) (日鉄法二六条二項の改正趣旨)について
昭和二九年一二月の日鉄法改正により、国鉄職員が市町村議会議員を兼職することについては総裁の承認を必要とするという現行法二六条二項但書のとおりの規定が設けられたことは認めるが、その主張は争う。右改正の趣旨は、国鉄職員について、市議会議員との兼職を禁止していた従前の立法措置を改めることとしたものの、国鉄職員が無条件に市町村議会議員を兼職できるものとすることは、国鉄の業務運営上妥当性を欠くこと等から、特に総裁の承認を得た者についてのみ兼職を認めることとし、その承認については、総裁の裁量に委ねることとしたものであり、このことは、改正法の審議経過及び改正後の日鉄法二六条二項但書の法文に照らして明らかである。
(二) (労基法七条の趣旨)について
労基法七条に原告主張の規定があることは認めるが、その主張は争う。
日鉄法二六条二項は、原告の主張する労基法の規定の存在を前提としつつ、国鉄職員の地位や職務の特殊性を考慮し、特別法として市町村議会議員との兼職を総裁の承認にかからせたのであるから、国鉄職員については日鉄法が優先して適用されるのは当然であり、労基法との牴触問題の生ずる余地はない。
(三) (日鉄法二六条二項但書の文理解釈)について
日鉄法二六条二項但書は、職員の欠格条項につき、市町村議会議員である者は職員であることができないという原則に対して、総裁の承認を得たものはこの限りでないとする例外を規定したものに過ぎず、右但書の「市町村の議会の議員である者で総裁の承認を得たもの」との表現をもって、議員となるものは議員となった後に総裁の承認を得るという手順を踏むことで足りることを意味していると読むのは、条文にその本来有する意味以上のものを持ち込もうとするのであって、解釈としてこれをとり得ないことは明らかである。また、国鉄職員は、当選の告知があるまでは議員ではないのであるが、だからといって承認が当選の告知ないし告示後とならざるを得ないということにはならない。けだし、承認は、予め条件付で与えておくことも可能であるからである。
原告の指摘する矛盾は、議員となった後、日を経て総裁の承認がなされる、との前提に立ってのものであるところ、従来総裁の承認は、事前に条件付で与えられていたのであるから、原告のいう矛盾は解決されているところである。このことは、何ら例外規定を設けていない公選法一〇三条の規定と日鉄法二六条二項の規定とが併存することを前提に、これを整合的かつ合理的に解釈しようとする以上、当然の事柄である。
(四) (公選法一〇三条と日鉄法二六条二項の関係)について
(1) 日鉄法二六条二項但書に該当する場合においては公選法一〇三条一項は適用されないとの原告の主張は争う。
(1)(イ) (公選法一〇三条一項の文理解釈)について
原告の主張は、国鉄職員が議員となった後、日を経て総裁の承認がなされるとの前提に立ってのものであるが、既に述べたように総裁の承認は事前に条件付で与えられていたのであり、従って、国鉄職員が事前に総裁の承認を得ないで市町村議会議員に当選したときは、その時点で日鉄法二六条二項により国鉄職員たり得る資格を失うのであるから、同法が公選法一〇三条一項にいう「法律の定め」であることに疑問の余地はなく、公選法一〇三条一項の適用は不可能とする原告の主張は何らの根拠もない。
(1)(ロ) (日鉄法二六条二項但書といわゆる兼職禁止規定との相異)について
公選法は、兼職の禁止されている職にある者については、当選の告知の日現在又は繰上補充等で当選人となった日から五日後現在において兼てねいる職をとるか議員をとるかを一律に決する建前を採用しているのであり、兼職禁止の原則がとられている国鉄職員について、公選法がその適用対象から除外される趣旨とは到底考えられない。
(1)(ハ) (繰上補充当選の場合)について
公選法一〇三条二項の場合は、当該選挙に際し、予め総裁の承認があれば、既にその時点で議員との兼職の禁止が解除され、当該議員は同項にいう「法律の定めるところにより当該選挙にかかる議員(略)と兼ねることができない職に在る者」に該当せず、同条項の適用の余地がないのであるから、原告の指摘するような確認手段はそもそも必要がないし、また、国鉄職員を辞職しない限り当選の効力が発生しないとか議員の資格を取得できないという矛盾も生じない。
(2) 総裁の不承認の意思表示があって初めて日鉄法二六条二項及び公選法一〇三条一項による失職の効果が生ずるとの原告の主張は争う。
(2)(イ) (議員と職員との地位の併存)について
公選法一〇三条二項は、選挙後相当期間が経過した後に更正決定や繰上補充などで当選人とされる者に関する規定であり、その場合には既に選挙後相当期間が経過して議員となるメリットが少なくなっている等当選人が現職に留まることを希望するのも無理からぬ事情も生じ得ることから、五日の間に本人にいずれかを選択させることとしたものであるが、同項による場合は、五日以内に従前の職を辞した旨の届出をしない限り当選そのものを失い議員たり得ないとともに、かかる届出をするまでは議員ではなく、届出をまって議員としての資格を取得するものと解されており、かかる場合でも両者の地位の併存を拒否するよう配慮がなされている。つまり、公選法は、議員等の地位と兼職を禁じられている職員たる地位との併存を認めていないのであって、原告の主張は全く当を得ていない。
(2)(ロ) (公選法一〇三条一項の立法趣旨)について
国鉄職員の場合には、公選法一〇三条一項の前提とする経験則があてはまらない場合があるとしても、総裁の承認があることを期待し、又は承認すべきであるとの考えに基づいて候補者となった国鉄職員については、兼職を禁止された職と議員の地位との併存を許されないという公選法の趣旨を貫くべきではないということにはならない。
(2)(ハ)の主張は争う。
(五) (自動失職説の不合理性)について
(1) (民間労働者との不合理な差別)について
民間企業においても、市町村議会議員に就任することを直接又は間接の理由として懲戒解雇することは許されないが、通常解雇することは許されると解されている。また、日鉄法二六条二項と公選法一〇三条一項による失職は法律上当然に生ずるものであるから、国鉄職員としては、このことを立候補の際に当然知っているものであるところ、国鉄は、予め原告に対し、当選した場合には総裁の承認を得ることはできず失職することとなる旨通知していたのであるから、解雇以上に不利益とされることもない。
(2) (他公社職員との不合理な差別)について
日本電信電話公社職員については市町村議会議員との兼職が、日本専売公社職員については地方公共団体の議会議員との兼職が、いずれも法律上禁止されていないことは認めるが、国鉄職員の地位が他公社職員の地位と比較して著しく不平等であるとの主張は争う。
そもそも、国鉄、日本電信電話公社及び日本専売公社がいわゆる三公社と総称されるとしても、その職務の内容、公共性等は一律ではないから、その職員に対する取扱いが全て同一でなければならない理由はなく、その間で差が生じたとしても、それは政策上の選択である。現に議員との兼職の取扱い以外にも、たとえば超過勤務を命ずる場合についての日鉄法三三条の規定と類似する規定は他の公社法には規定されていないなど、その取扱いは必ずしも同一ではないのであって、兼職の取扱いについてそれぞれ差があるとしても、それを異とするにはあたらない。
(六) (被告の従来の解釈・運用)について
被告における従来の解釈・運用は、総裁の不承認があってはじめて失職するとの見解に立って行われていたとの主張は争う。
(1) (兼職基準規程)について
兼職基準規程に原告主張のような規定が存することは認める。しかしながら、同規定は、兼職承認に関する国鉄内部の事務手続を定めたものに過ぎず、もとより公選法一〇三条一項、日鉄法二六条二項の解釈を左右するようなものではないのみならず、被告における同規定の運用は、立候補した職員について事実上選挙前に承認するかしないかについての意思決定がなされ、立候補者も事前に承認されるか否かを了知しており、同規定に定める当選後の承認願と承認は、後日これを手続上明確にしておく手続に過ぎないものであった。
(2) (日鉄法解説)について
日鉄法解説に原告主張のような記述が存することは認める。しかし、日鉄法解説は、日鉄法研究会の見解であって、被告の公式見解でないことは明らかである。
(3) (被告の兼職承認に関する従来の運用実態)について
被告は、その職員であって市町村議会議員になろうとする者については、事実上事前にその承認をするか否かを決定していたのであって、その職員が議員に当選した時点で総裁の承認の有無が明らかとなっているだけである。実際にも、立候補した被告の職員について当選した際に兼職を承認すべきか否かは、職員が当選しなければ判断し得ない事項ではないし、また、立候補した職員としても予め当選の暁には自らが職員と兼任できるかどうかを承知していなければ、将来の身分が不安定なままで選挙活動をせざるを得ないという不利益を被るのであるから、職員にとっては、選挙前に当選の際には兼職の承認が得られるか否かを承知しておくことの方がはるかに有利であり、事前に条件付で承認をするという取扱いの方が職員の立場を十分尊重した考え方に立っているというべく、被告の兼職承認に関するこれまでの運用実態も右のような考え方を前提としてきたものである。従来、被告においては、兼職を承認すべきでないと考えられる職員については、退職勧奨ないしは兼職を前提としないで立候補すべき旨の説得の方法によって弾力的に対処してきており、右職員はその時点で国鉄職員として留まるか、議員となるかを選択した上で選挙に臨んでいたのである。これまで、市町村議会議員選挙において公選法一〇三条一項によって失職した国鉄職員はなかったが、それは、右に述べたような事前の告知によって立候補予定者が選挙前にいずれかを選択したことによるものである。
2 原告の主張2(不承認の違法性)について
(一) 原告が、昭和五八年四月二四日実施された嬬恋村議会議員の選挙に立候補した旨の届出を被告に届出たこと、被告は原告に対し、関東自動車局長名による同月一八日付文書をもって議員兼職を承認しない旨の通知を発したこと、原告が、嬬恋村選挙管理委員会から当選人決定の告知を受けた後、すみやかに議員との兼職の承認願を関東自動車局長宛提出したこと、被告が、原告に対し、兼職の承認を与えていないことは認める。
(二) (不承認の基準)について
原告は、昭和二九年に日鉄法二六条二項が現行法のように改正された際の改正の趣旨について、「職務の遂行に著しく支障を及ぼす虞れのある場合を除き、総裁は承認をしなければならない。」ことが、当然の前提であったかのように主張するが、右改正の趣旨は、国鉄職員について、市議会議員との兼職を禁止していた従前の立法措置を改めることとしたものの、国鉄職員が無条件に市町村会議員を兼職できるものとすることは、国鉄の業務運営上妥当性を欠くこと等から、特に総裁の承認を得た者についてのみ兼職を認めることとし、その承認については、総裁の自由裁量に委ねることとしたものである。言うまでもなく、自由裁量だからといって、総裁がこの承認・不承認を全く恣意的に決定して良いということになるものではなく、法律によって職員の身分に関する決定につき権限を付与された以上は、その決定について合理的な裁量判断をなすべきことは当然であるが、総裁は、兼職の承認を与えるか否かの裁量にあたり、単に職務への影響だけではなく、国鉄の置かれている情況を含め国鉄内外の諸般の事情を考慮することができる。
また、原告は、日鉄法二六条二項但書が、解雇について定めたものであり、業務遂行に著しい支障がある場合以外は解雇が無効である旨主張するが、該主張も争う。
(三) (本件不承認の違法性)について
被告が、昭和五七年九月一三日総秘第六六六号「公職との兼職に係る取扱いについて」に基づき、原告に対し兼職を承認しないこととしたこと、原告は過去八年間にわたり嬬恋村議会議員の地位にあったものであり、その間、総裁は兼職の承認をしてきたこと、右兼職の承認は、一年の期間を限ってなされ、兼職業務の改善要請をする場合のあること、原告は、右改善要請を受けたことがないことは認めるが、本件兼職不承認が違法である旨の主張は争う。
国鉄は、極めて逼迫した経営状態に置かれ、その再建を目指して各種の方策をとってきたが、その経営は益々危殆に瀕するところとなり、昭和五七年七月三〇日、臨時行政調査会が、国鉄の経営形態を改め、分割・民営化すべきとの答申を行い、同六〇年七月二六日、国鉄再建監理委員会から分割・民営化の意見書が提出され、同六一年一二月四日、いわゆる国鉄改革関連八法案が成立、公布され、同六二年四月一日には、分割・民営化が実施されることとなった。このように、国鉄の置かれている状況が年毎に厳しくなり、経営が行き詰まり、三年間にわたる職員の新規採用停止という人員削減措置が講ぜられるなど要員事情も逼迫した状況下にあっては、兼職議員の取扱いについても厳しく見直されるべきとの批判が高まり、同五七年七月三〇日の臨時行政調査会第三次答申の中で「兼職議員については、今後、認めないこととする。」との指摘がなされ、右答申を受けて、同年九月二四日に出された「日本国有鉄道の事業の再建を図るために当面緊急に講ずべき対策について」と題する閣議決定においても、国鉄経営の危機的状況にかんがみ国鉄が取り組むべき緊急対策の一つとして、兼職議員の承認の見直しをして、兼職議員については当面認めないこととすべきことが掲げられている。
国鉄が、かかる答申や閣議決定に直ちに拘束されないとしても、国民の負託を受けて運営されている公法人である以上、最大限これを尊重すべきことはいうまでもない。しかも、その現状は、早急に経営形態を変更すべきことまでも迫られている厳しい状態である。
従って、このような国鉄の置かれた極めて厳しい経営状態を考慮して、前記昭和五七年九月一三日付総秘第六六六号による取扱いの如く、当分の間、議員との兼職の承認を行わないとしたのであるから、この取扱いに基づき総裁が、原告に対し、兼職の承認をなさなかったことは総裁に与えられた裁量の範囲内にあるものとして正当である。
3 原告の主張3は争う。
第三証拠(略)
理由
一 本案前の被告の答弁について
被告は、原告が公選法一〇三条一項の規定により当選の告知を受けた日に職を辞したものとみなされたため国鉄職員の地位を失ったとしたうえで、法律上これを覆す手段はおよそ存在しないのであるから、右効果を否定して原告の国鉄職員たる地位が存在することの確認を求める訴え部分は、裁判上実現不可能な事項を求めるものであって不適法である旨主張するが、原告の請求の趣旨第一項は、その主張された内容自体からこれを事実上又は法律上実現することが不可能なものには該らないのであって、被告の主張する公選法一〇三条一項により辞職したものとみなされるという法的効果なるものは、原告が右条項の適用を受け、かつ、その効果が本案についての被告主張の如きものであることが認められた場合に、原告の右請求を理由なからしめる防御方法となるにすぎないというべきである。
したがって、被告の前記不適法である旨の主張は失当である。
二 請求原因事実を含む以下の諸事実、すなわち、被告は、日鉄法に基づいて設立された公共企業体であること、原告は、昭和三八年九月一二日、被告に雇用され、同五八年四月当時、関東地方自動車局長野原自動車営業所の運転係の職にあって、月額二二万〇七〇〇円の賃金の支給を受けていたこと、原告が、同月二四日に実施された嬬恋村議会議員の選挙に立候補の届出をし、同月二五日、嬬恋村選挙管理委員会から当選人決定の告知を受けたこと及び被告が右同日以降、原告が被告の職員たる地位を失ったものとして取り扱っていることについてはいずれも当事者間に争いがない。
三 そこで、以下、原告が公選法一〇三条一項の規定により当選の告知を受けた日に国鉄職員としての地位を失ったとする被告の抗弁について判断する。
1 まず、国鉄職員に対する兼職についての法律規定の改正経過、これを受けての国鉄の内部対応とその変遷およびこれに基づく原告に対する対応経過について検討すると、当事者間に争いのない事実に、(証拠略)を総合すれば、次の各事実を認めることができる。
(一) 昭和二九年の改正前の日鉄法二六条二項によれば、町村を除く地方公共団体の議会の議員は、国鉄職員との兼職を禁止されていた。ところが、昭和二八年七月二九日、第一六回国会参議院運輸委員会において、市議会議員についても国鉄職員との兼職を認めるべきである旨の日鉄法の一部を改正する法律案が議員立法として提出され、この改正案は同月三〇日、同委員会において、市町村議員は、総裁の承認を得た場合には国鉄職員との兼職が認められる旨の修正を経て可決され、第二〇回国会衆議院運輸委員会における審議を経て、昭和二九年一二月、法律第二二五号をもって現行法どおり改正された(改正後の日鉄法二六条二項は「第二〇条第一号に該当する者は、職員であることができない、但し、市町村の議会の議員である者で総裁の承認を得たものについては、この限りでない。」と定められた。)。
(二) 被告は、昭和三九年一二月一〇日総秘第三号「公職との兼職基準規程」をもって、国鉄職員が公職の候補者に立候補した場合には、すみやかに立候補届を所属長に提出すべきこと(同規定(ママ)三条)、市町村議会議員に当選した国鉄職員のうち、兼職を希望する者は、直ちに所属長に兼職の承認願を提出して、その承認を受けるべきこと(同規定五条)という手続を定めるとともに右承認願の提出を受けた所属長は、現場長その他これに準ずる一人一職の職にある者又は、兼務遂行に著しい支障があると認めたときはその承認をしてはならないこと(同規定六条)を定めた。
(三) 原告は、昭和五〇年四月二七日に実施された嬬恋村議会議員選挙に立候補して兼職基準規定三条に基づく立候補届を同月一五日に所属長宛提出し、同月二八日、嬬恋村選挙管理委員会から当選の告知を受け、同日、日鉄法二六条二項但書、兼職基準規程に基づき被告に対し、兼職承認願を提出し、同年五月二二日、右承認を受け、また、昭和五四年四月二二日に実施された嬬恋村議会議員選挙に立候補(兼職基準規定三条に基づく立候補届は同月一五日に提出)して当選し、同年五月一日、被告に対し、兼職承認願を提出して、そのころ右承認を受け、昭和五〇年五月一日から昭和五八年四月三〇日までの間、二期にわたり嬬恋村議会議員を兼職してきた。
(四) ところで国鉄は、昭和三九年度に欠損を生じて以来、その経営は悪化の一途をたどり、昭和五五年度には一兆円を超える欠損となった。かかる経営危機を打開するために国鉄は、輸送の近代化、業務運営の能率化、収入の確保、経営管理の適正化、設備投資の抑制及び地方交通線の改善等様々な角度からの経営改善努力を迫られる中で、従来の兼職承認のあり方についてもその見直しを求める意見が出されるようになった。そこで、被告は、昭和五一年四月七日付事務連絡により、兼職の可否については、兼職願が所属長に提出される都度、総裁室秘書課長と合議をしたうえで決定することとし、また、昭和五五年一二月一一日付総秘第七三九号「公職との兼職に係る取扱いについて」(通達)により、昭和五五年一二月一日以降、兼職の承認は原則として一年間の期限を限ってなされることとすると共に、その間公務を理由とする欠勤が過多であるなど業務に支障があった場合には、所属庁は勤務の改善を要請するものとし、改善の実があがらないときは承認期間を更新しない取扱いとされたが、原告については所属庁から勤務の改善を要請されたことは一回もなかった。
(五) その後も国鉄の経営は好転することはなく、この事態に対処するため、数次にわたり国鉄のたてた再建対策はいずれも中途で挫折し、「後のない計画」といわれた昭和五六年五月二一日付経営改善計画の達成も極めて困難な状況に陥ったところから、いわゆる三公社を含む国、地方行政の改革を検討していた臨時行政調査会は、同五七年七月三〇日付の「行政改革に関する第三次答申」において、今や国鉄の経営状況は危機的状況を通り越して破産状況にあり、国鉄の膨大な赤字(昭和六〇年度収支目標における財政援助を含めた実質的赤字額は単年度で二兆三千億円が見込まれ、また、借金残高も昭和六〇年度末に二三兆六千億円に達すると見込まれた。)はいずれ国民の負担となることから、国鉄経営の健全化を図ることは、国家的急務であるとの認識の下に、国鉄経営の健全化にとって必要な経営責任の自覚及び経営権限の確保、職場規律の確立並びに政治等の外部の介入の排除は、単なる現行公社制度の手直しや個別の合理化計画では実現不可能であり、公社制度そのものを抜本的に改め、責任ある経営、効率的経営を行い得る仕組みとして分割・民営化を早急に導入すべきであるとの考え方を前提にし、新形態移行までの間緊急にとるべき措置として一一項目を指摘し、そのうちの一項目として兼職議員については、今後、認めないこととすることを挙げた。被告は、右答申を受け、自己が置かれているかかる厳しい現状に鑑み、昭和五七年九月一三日付総秘第六六六号「公職との兼職に係る取扱いについて」と題する通達により、昭和五七年一一月一日以降、新たに又は改選により公職の議席を得た者に対しては兼職の承認は行わず、兼職基準規定三条に基づく立候補届の提出を受けた所属庁(ママ)は、直ちに本人に対し書面により兼職の承認はできないこと及び当選した場合には国鉄職員としての身分を失うことを通知することを指示し、また、内閣も昭和五七年九月二四日、右答申の趣旨に沿って「国鉄の事業の再建を図るために当面緊急に講ずべき対策について」と題する閣議決定をなし、その対策の一つとして「兼職議員の承認の見直し、兼職議員については当面認めないこととする。」ことを示した。
(六) 原告は、昭和五八年四月二四日に実施された嬬恋村議会議員選挙に立候補し、兼職基準規定三条に基づいて被告に対し立候補届を提出したところ、被告は、前記総秘第六六六号通達に基づいて原告に対し関東自動車局長名による同年四月一八日付書面をもって、兼職の承認はできないこと及び当選した場合には国鉄職員としての身分を失うことを通知した。
(七) 原告は、昭和五八年四月二五日、嬬恋村選挙管理委員から当選の告知を受けた後、すみやかに兼職承認願を関東自動車局長宛提出したが、被告は、右承認をすることなく、右当選の告知を受けた日以降、原告が国鉄職員の地位を失ったものとして取扱っている。
2 次に右認定事実をも考慮して、公選法一〇三条と日鉄法二六条二項との関係について検討する。
(一) ところで、公選法一〇三条は、当選人で法律の定めるところにより当該選挙にかかる議員又は長と兼ねることができない職に在る者が当選の告知を受けたときは、その告知を受けた日にその職を辞したものとみなし(同条一項)、他方、当選人の更正決定、繰上補充により当選人と定められた場合には、当該選挙に関する事務を管理する選挙管理委員会に対し、その告知を受けた日から五日以内にその職を辞した旨の届出をしないときは、その当選を失うとしている(同条二項)。
このように定めている公選法一〇三条の趣旨は、候補者になろうとする者が兼職禁止の職にある場合、このことをもって一方的に当選を無効とすることも実情にそわず、また、少なくとも、候補者となろうとする者はその当選を目的としているものであること等を考慮して、当選の告知を受けたときは、当該当選人の意思内容如何にかかわらず、当該兼職禁止の職を辞したものとみなすことによって、当選人の身分を優先させようとするものであり、ただ、当選人の更正決定又は繰上補充の場合には、すでに選挙の期日後相当期間を経過していることも予想され、その間に兼職禁止の他の職に就任していたような場合、一方的に当該兼職禁止の職を失わせることは実情に即さない場合も考えられるので、当該兼職禁止の職か、当該選挙の当選人の身分の何れかを本人の意思により選択させることとしたものである。
このように公選法一〇三条は、兼職禁止の職にある者について当該兼ねることができない職と公職の当選人の身分が、できる限り重ならないよう配慮しており、殊に同条一項は、従来「その当選の告知を受けた日から五日以内にその兼職禁止の職を辞した旨の届出をしないときは、その当選を失う。」と規定されていたのを昭和二九年の改正の際に現行法のように改正され、兼職禁止の趣旨は一層強化されたものである。なお、付加すると、公選法一〇三条二項の規定により当選を失ったときは、同法九七条一項(参議院比例代表選出議員以外の選挙における当選人の繰上補充)又は同法九七条の二(参議院比例代表選出議員の選挙における当選人の繰上補充)の規定により繰上補充を行うものとされ、同法一一二条(議員又は長の欠けた場合等の繰上補充)の規定による繰上補充を行うものでないことからも明らかなように、同法一〇三条二項により当選を失った者は、議員又は長の身分を取得している者ではなく、公選法一〇三条は、当該兼職禁止の職と公職の地位との併存を全く予定していないところである。
(二) 日鉄法二六条二項は、その本文において、国鉄職員は地方公共団体の議会の議員と兼職することができない旨の原則を掲げており、公選法一〇三条一項にいう「法律の定めるところにより議員と兼ねることができない職に在る者」を定めるものの一つであると解されるが、その但書において、総裁の承認を得たものは市町村議会の議員と兼職しうる旨の例外をも規定しているので、国鉄職員で市町村議会議員の当選の告知を受けた者が、総裁の承認を得ていたことを主張立証すれば、兼職は認められ、公選法一〇三条一項の適用対象からは除外される関係にある。
ところで、前記公選法一〇三条一項の趣旨からすると、当選の告知を受けた時点において総裁の承認を得ているか否かによって、国鉄職員を辞職したものとみなすかどうかが決せられるのであるから、公選法一〇三条一項及び日鉄法二六条二項の各規定上、国鉄職員は、市町村議会議員の当選の告知を受ける前に総裁の承認を得ていない限り、当選の告知を受けることによって自動的に失職するものと解するのが相当である。そして、このことは国鉄職員が公職の候補者に立候補した場合にはすみやかに立候補届を所属長に提出すべきこととする被告の取扱い(兼職基準規定三条)からしても、その者が当選の告知を受ける前に、総裁があらかじめ、その者に対し承認を与えない旨通知しておくことも、停止条件付で承認を与えておくことも可能であるし、また、その方が右立候補をした国鉄職員の立場からみても承認を得られるかどうかをあらかじめ知ることができ、それによって当選の告知を受けた場合に備えることができる利点があることによっても明らかである。
もっとも、日鉄法二六条二項但書の「議員である者」という表現からすると、右立候補をした国鉄職員は当選の告知を受けた後に総裁の承認を得る手続をなすことを前提にしているようにも解されるが、これは単に同項本文の「第二〇条第一号に該当する者」の中から市町村議会議員を取り出すための表現にすぎず、既に議員となっているという時制を表わすものではないから、当選の告知前における承認を否定するものではないと解される。
(三) したがって、公選法一〇三条一項及び日鉄法二六条二項の各規定上、国鉄職員は、当選の告知を受ける前に総裁の承認を得ていない限り、当選の告知を受けることにより自動的に失職するものと解さざるをえないが、そうすると、国鉄のような巨大な組織においては、兼職基準規定三条に基づく立候補届がなされてから当選の告知を受けるまでの短期間に承認の可否の判断をなすことが事務手続上困難である場合も考えられ、実際、前記認定のように国鉄において、昭和五一年四月七日付事務連絡により、同日以降、兼職承認の可否については市町村議会議員に当選した職員から所属長宛に兼職願が提出された後に総裁室秘書課長と合議をした上で決定する取扱いとなり、従って、当選告知前に承認がなされることはなくなったものと考えられる慣行的取扱いを考慮すると、右事務連絡の日以降市町村議会議員に当選し、かつ当選後も国鉄職員として稼働して来た者についても当選の告知を受けた以降は、国鉄職員の地位を失ったことになる不合理が生ずることは明らかであり、また、当選の告知を受けた後に承認を得た者に対して兼職を一切認めないとすることは、日鉄法二六条二項の立法趣旨ひいては労基法七条の公民権保障の趣旨にも反することになる。
(四) そして、以上のような事務手続上の困難、慣行的取扱い、法律上の不合理さを総合考慮すると、国鉄職員は当選の告知を受ける前に総裁の承認を得ていない限り、当選の告知を受けることにより自動的に失職すると解するのを基本としながらも、当選の告知を受けた後に総裁の承認を得た場合には、当選の告知を受けた時に承認があった場合と同視して、当選の告知を受けた時にさかのぼって国鉄職員の地位を取得すると解するのが相当であり、このように解しても前記公選法一〇三の趣旨に反するものではない。
(五) いうまでもなく国鉄における労使関係においても労基法が尊重されなければならず、従って、総裁が、日鉄法二六条二項但書により国鉄職員と市町村議会議員との兼職を承認するかどうかについて判断するに際しても、労基法七条の公民権保障の趣旨を尊重すべきことは原告指摘のとおりであり、国鉄部内の取扱いに関する通達である兼職基準規程もかかる趣旨で立案されていることが窺える。しかしながら、日鉄法二六条二項但書に該当する場合においては公選法一〇三条一項は適用されない或いは公選法一〇三条一項による失職の効果は、総裁の適法な不承認を停止条件として発生し、兼職基準規程が就業規則の実質を有し、被告と原告との労働契約の内容となっているとの原告の主張は、いずれも独自の見解をいうものであって採用しえないものである。
3 最後に、総裁のなす兼職承認の法的性質について検討すると、日鉄法二六条二項について原告主張の如く総裁は、業務の遂行上著しい支障があると認められる場合を除いては、兼職承認をするべき義務を負うものと解することは、同条項の文理からみても困難といわざるをえない。即ち、日鉄法二六条二項但書は、総裁が承認するための要件を全く掲げておらず、承認するか否かの判断は総裁の自由な裁量に委ねられているものであるから、総裁は通常の場合には当該職員が兼職することに伴う個別的な業務阻害性を基本としながらも、緊急の場合にはその時々の国鉄の経営状態や社会情勢等の諸事情を基本として承認するか否かを決することができると解するのが相当である。
4 そうすると、いずれにしても本件においては、原告が、当選の告知を受けた前後を通じて総裁から兼職の承認を受けた事実についてはその主張・立証がないのであるから、原告が、嬬恋村選挙管理委員会から当選の告知を受けた昭和五八年四月二五日をもって、国鉄職員としての地位を失ったとする被告の抗弁は理由がある。
四 なお、原告の総裁は業務の遂行上著しい支障があると認められる場合を除いては、兼職承認をすべき義務を負うという主張には、総裁が原告の兼職を承認しなかったことが、総裁の有する裁量の範囲を越えた裁量権を濫用したものである旨の主張が含まれているとも解されるので、この点について判断すると、仮に裁量権の濫用に当たるとしても、それによって直ちに総裁の承認があったと解することはできないのであるから、その余の点について判断するまでもなく、原告のこの主張は失当である。
もっとも、前記認定事実によると、原告が嬬恋村議会議員の選挙に立候補して当選の告知を受けた当時、国鉄の経営状況が危機的状況を通り越して破産状況にあり、臨時行政調査会、内閣からも、この事態に対処するため、国鉄として兼職議員を認めるべきではないと指摘され、分割・民営化を早期に導入すべきであることを前提とされていた著しい緊急事態にあったのであるから、総裁がこのような著しい緊急事態に対応するため、国鉄職員に対し一律に兼職を承認しないとの原則を打ち出し、これを一般的方針として国鉄職員に周知させたうえ原告が立候補届を所属長宛に提出したのに対し、個別的に承認しない旨の通知を行ったことは、総裁としてやむを得ない対処であり、裁量権の濫用に当ると解することはできないところである。
五 結論
以上の次第であるから、原告の本件請求はその余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中山博泰 裁判官 深見玲子 裁判官木下秀樹は転補につき、署名捺印することができない。裁判長裁判官 中山博泰)